人材育成の重要性を認識し様々な施策を打っているが、本当に効果が出ているのか。
もっと効果的な方法はないものか。
そもそも、社員の成長を促進するには、どうすべきなのか。
など、人材育成が経営の重要課題として共通認識になっていても、
人材育成の効果性を高める具体策となると、なかなか話しがまとまらない、
といったことはないでしょうか。
人材育成に限らず、給与やインセンティブも含めて人に関する施策やコストは、将来の組織のための先行投資です。
ところが近視眼的な現在の課題解決に焦点を当てた内容が多いようです。
確かに現在進行形の課題も重要ですが、特に人材育成については中長期的なビジョンと戦略に基づいた計画的な取組みが不可欠です。
私は30年以上、企業のマネジメント教育に携わってまいりました。
その間企業を取り巻く環境は大きく変化し、マネジメントに求められる役割も変化してまいりました。
しかし、その本質的意義は何ら変わりなく、難易度が急上昇していますので、テーマごとに具体的なマネジメントの内容を改めて整理しておく必要があると思います。
そこで本稿では、管理職の役割としての人材育成ではなく、組織的なマネジメントの対象領域として具体的な検討課題を整理したいと思います。
もちろん、人材マネジメントシステムなどの社員管理データベース導入、というオチではありません。
入れ物だけを用意しても何も変わりませんので。
改めて、組織的に人材育成を促進するにはどのようなことが必要なのか、
各管理職の方々の取組みをより効果的にするためにも、一緒に考えていきましょう。
1.人材育成をマネジメントする
人材育成の本質は、潜在的な可能性を引き出すことです。
ひょっとすると、本人自身も気づいていない、あるいはできないと思っていることでさえも、
可能性を信じて顕在化を試みることです。
ある業務を遂行するために不足している知識・技術を、どのようにしたら効率的に習得させることができるか、というのも人材育成の一面ではありますが、
それだけに終始してしまうならば人材育成ではなく業務指導です。
また、本人が望まないことを強いて、仮に想定した通りになったとしても、本人が納得していなければ、それも育成にはなりません。
人材育成の目的は、将来に渡って組織の目的、目標の達成を実現できる組織力を確保することにありますから、本人と組織の将来に繋がる能力の開発(=そのための経験)であることが不可欠です。
マネジャーの義務的役割として矮小化した課題の捉え方をしてしまえば、ミクロなテクニックや成果に終始しやすく、本来の目的を見失ったまま時間を浪費する結果となってしまいます。
人材育成のための具体的な方法論(1on1など)やテクニック(コーチングスキルなど)も有効に機能することはありますが、人材育成に対する組織としての基本的な考え方(コンセプト)が不明確であれば、表層的な現象に振り回されるだけです。
組織としてどのような人材を求めているのか、
正社員以外も含めて共通して有して欲しい特性とはどのようなものなのか、
今現在、組織全体としてどのような能力が不足しているのか、
組織力を高めるためには何が課題になっているのか、
5年後に必要とされる能力とはどのようなものか、
現在それはどの程度充足しているのか、
不足分はどのような計画で育成していくのかなど、
経営課題としての社内コンセンサスが必要です。
つまり、現在の我々にとって人材育成とは何かについて、社内の共通認識が必要だと言うことです。
”人材育成”という言葉の意味は、組織や状況が異なれば、その意味するところは自ずと変化するはずです。
何となくわかった気になって明確にせず、曖昧なままであれば大きな損失に繋がりかねません。
コンセプトや目的を明確にすることで、効果的な人材育成のマネジメントが可能になります。
2.能力とは
人材育成のマネジメントにおいて、まず明確にすべきなのは”能力”です。
どのような”能力”を育成の対象にするのか、ということです。
人材育成マネジメントのコンセプトや目的の明確化にも含まれることですが、重要なポイントですので検討してみます。
能力という言葉が何を指しているのかを考えてみますと、例えば、
顕在化している能力 + 潜在的な能力
現在必要とされる能力 & 将来必要とされる能力
陳腐化しない能力 & 陳腐化する能力
過去に効果的だった能力 vs 現在効果的な能力
本人が成果を上げる能力、他者に成果を上げさせる能力、他者の成果を下げる能力
他者や環境に左右されない能力、他者や環境に左右される能力
…。
一口に能力と言っても、様々な観点から細分化が可能です。
能力の全体像としては、
1.性格特性
2.感情・欲求状態
3.価値観・信念
4.対人関係能力
5.思考力
6.知識・技術
の6領域で考えればよいと思います。
1から3は能力の項目としては違和感があるかも知れませんし、どのようであればよいと一概に判断できない項目も含まれますが、他の領域の能力や他のチームメンバーとの関係に、明らかに影響を及ぼしますから、人材育成マネジメント上、無視できません。
4から6はR.カッツ・モデルのヒューマンスキル、コンセプチュアルスキル、テクニカルスキルを、やや拡大解釈した項目としています。
もし、皆さんの組織で人事制度が導入されていれば、能力評価の項目が何らかの形で定義されていると思います。その各項目はこの6領域のいずれかに分類されると思います(1つの項目が複数の領域にまたがる可能性もあります)。
ですので、この6領域は本人が自己評価をする際にも、育成側が評価する際にも使いやすい枠組になると思います。但し、各領域の細分化がある程度必要です。これについては次項で検討します。
3.能力評価の考え方
人材育成は、個々人の能力開発(潜在的な能力の顕在化)とその発揮を目的にしますが、
最終的には、チームや組織となった際の能力が高まらなければ意味がありません。
しかもチーム力や組織力というものは、必ずしも個々人の能力の総和にはならず、多くは複雑な相乗的プロセスを経た結果となって現れます。
もちろん、相乗効果にはプラスの相乗効果とマイナスの相乗効果があります。
一般に、何もしなければマイナスの相乗効果が働いてしまう傾向があります。悪貨は良貨を駆逐する、ということです。
プラスの相乗効果を高めるには、意図的、計画的な施策が必要です。
偶発的にあらわれることもありますが、運任せではなく計画的なマネジメントが必要です。
このように考えたときに、個々人の能力をどのように評価したらよいでしょうか。
話を進める前に一言申し添えておきますと、ここで説明しようとするのは既存の制度に沿った人事評価の仕方ではありません。
最終的に組織力の向上にまで繋がるように個々人の人材育成を推進する際に、個々の能力をどのように捉え、どのように評価するのが適切か、ということです。
能力評価の大きな項目としては、先ほど掲げました
1.性格特性
2.感情・欲求状態
3.価値観・信念
4.対人関係能力
5.思考力
6.知識・技術
の6領域でよいと思います。
これら6領域は当然領域ごとにある程度ブレークダウンし細分化せねば、適切に評価することはできませんが、いたずらに細かくしすぎても却って把握しにくくなりますので、最低限必要な細分化にとどめるとよいでしょう。
目安としては、6領域それぞれ最大で5項目程度です。
それでも単純計算で6領域×5項目で30項目になってしまいますので、
その30項目から職務やポジションに応じて、重要項目に絞り込むとよいでしょう。
細分化、詳細化のポイントは以下の3点です。
- 組織の目的や職務の目的に沿った内容とすること
- 現在だけに焦点をあてすぎず、将来必要となる内容にも焦点をあてること
- スーパーマン的人材像ではなく、他者とのプラスの相乗効果を想定した内容にすること
そして、細分化したそれらの項目で、
・本人ができるだけ客観的な自己評価と分析をし、
・育成する側もできるだけ客観的な評価・分析をする必要があります。
・自己評価と育成側の評価に乖離が生じると思いますが、その乖離について議論し、
・できれば両者が納得できる評価・分析の内容にたどり着けるとベストです。
ところで、評価制度を導入している多くの企業でコンピテンシー(顕在化した行動特性)を能力評価の項目とし、評価者が期を通じて観察した事実をもとに評価する、という運用ルールになっている場合が多いと思います。
これには非常な労力を要しますし、どれだけ時間を掛けても完全に遂行することは困難なものです。
ここでも事実ベースの評価は基本ですが、事実を指摘する必要が生じるのは本人と育成側の評価・分析が異なった場合に限ります。
・基本は双方が別々に項目ごとの評価・分析(評価理由または原因)を行い、
・その後話し合いを通じて相互理解と合意形成を図り、
・育成側は課題抽出や効果的な成長計画の作成を支援します。
但し、頻度は半期に1度などではフォローしきれませんし、本人もわかりませんから、
最低でも1ヶ月に1度は双方がそれぞれに評価・分析することが必要です。
そして、あくまでも主体は本人自身です。
ですから、組織側からすれば”人材育成マネジメント”ですが、本人からすれば”自己成長のセルフマネジメント”であり、それを支援してくれるのが”人材育成マネジメント”ということになります。
4.最も重要なこと
人材育成で最も大事なことは、
相手を理解しモチベーションを引き出すことです。
まず相手を理解するには、能力評価のプロセスにも言えることですが、
相手を尊重し、人間的な興味を持って心と耳を傾けて、注意深く観察し、
勝手に決めつけずに適切な質問をし、
相手の反応(答えた話しの内容と態度、姿勢など)も注意深く観察し、
勝手に解釈せずに相手に確認することが大切です。
また、モチベーションの大元は、よりよく生きたいという主体的な欲求です。
これには2種類あり、
ひとつは痛み(つまりマイナスの感情体験)から逃れようとする欲求、
二つ目は報酬や快楽(つまりプラスの感情体験)を得たいという欲求の二つです。
痛みの回避は、切迫し切実なものであるほど、それを動因とした行動が起きやすいのですが、長続きはしません。
瞬発的に膨大なエネルギーを要するからです。
それでもそうせざるを得ない状況が続き、痛み回避の行動が持続すると、それに大半のエネルギーが奪われ、結果的に他のことに対する行動が抑制されます。
これに対して、報酬や快楽への欲求による行動は、それが習慣化されるまでには多少時間がかかりますが、軌道に乗ると持続しやすい行動になります。
よくも悪くも中毒症状です。中毒症状を伴った習慣はなかなか簡単には止められません。
現役時代にイチローがストレッチだけで毎日5時間行っていたという話がありますが、自身の将来によい結果を招く習慣と悪い結果を招く習慣という違いはありますが、ギャンブル依存症と同様の中毒症状が伴っていたのだと思います。
人は生きている以上、何らかのモチベーションが生起し、それに応じて行動し続けている結果として生きていることになります。
ところで、人材育成のテーマで言われるモチベーションとは、概ね組織への”貢献意欲”を指していることが多いと思いますが、所属組織への”貢献意欲”というモチベーションは、個人に生起する行動欲求全体の中の、ほんの一部に過ぎません。
また個人が発揮できる活動エネルギーの総量が急激に増減することはありませんので、所属組織への”貢献意欲”と他へのモチベーションがトレードオフの関係ではなく、矛盾せず整合的な関係であることが、個人にとっても組織にとっても望ましいことです。
相反するモチベーションを内包した状態というのは、個人にとって精神的に健全ではありません。
ですから育成する側としては、相手が有するモチベーションの全体を理解し、それと組織への貢献とを矛盾なく位置づけられるように支援することが必要になります。
言い換えれば、組織の都合で”貢献”を強いるのではなく(義務として貢献を合理的に説明するだけでは却ってやる気を削ぐ)、組織の目的と個人の目的のベクトルをできるだけ近づけられるようにすることが必要です。
いかがだったでしょうか。
効果的な人材育成のマネジメントをするためには、
・人材育成についてのビジョンと戦略の合意形成をする
・成長促進を図る”能力”は何かを明確にする
・育成のために適切な”能力”評価の仕方を検討する
・組織の目的と個人の目的のベクトル合わせる
などが必要でした。
所属する組織でこれらのことは明確になっていますでしょうか。
少なくともご自身の中で、どれほど明確でしょうか。
組織として文書化されていたとしても、組織内で共通認識になっていなければ意味がありませんから、相互に確認し合うことも重要です。
抽象論としてではなく、人材育成の中長期的ビジョンを念頭に、具体的な事例や具体策を周囲の方々と話し合ってみてください。
基本的なことですから、できるだけ曖昧さを残さないよう、辛抱強く向き合ってみてください。
そこからオリジナルな人材育成の道筋が見えてきます。
何となく世間一般が行っているからという理由だけで、研修や人事制度、評価制度を企画設計しても、結果的にムダが多くなります。
効果的な人材育成を推進できるマネジメントをしようとするならば、是非とも、社内の本質的な議論を促進してください。
本質的な視点に立ち返ることが習慣化されれば創造性も高まります。
急がば回れ。さっそく明日からでも、5分だけでも、はじめてみてください。
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